2019/07/12 ヤラセ

テラスハウスの編集、技術、デザインは本当にすごいと思います。

どうやってるのかわからないけど、カメラを隠しながら、

彼らは素の表情で、喋って、恋をしたり、人を嫌いになったりします。


そして、それをおしゃれな映像作品に仕上げていて、

まるでよく出来た偽物のようにしています。


しかも何よりすごいのは、その偽物か本物か解らないような人たちが、

そのキャラクター達は今も実際に生きているということです。


その後の同行も、SNSとかでファンたちは見ていて、

誰と誰が別れたとか、何してるとか、一応情報を入れることも出来ます。


つまりは、その後の人生までもが

エンターテイメントになっているということです。


これをヤラセだとかヤラセじゃないとか言うのは

なんかちょっと違うんじゃないかなと思います。

一人の人生は一人の人生に影響を与えます。

何気なく生活していても、誰かが見ていたりします。



私は

時々。いやけっこう頻繁に、

自分のことがとても可愛そうに思います。



なんで愛する人と一緒に生活しないで、

アジアの片隅で、一人で家庭的でもなんでもない飯を食べて糞して寝て

なんて可愛そうな人間なんだ。

と思ってしまうときがあります。



もっと他人それを伝えたいとか、感じてほしいとか。

もっとかまってほしいとか。もっと愛してほしいとか。

ずっと自分のことを考えていてほしい。

と思ってしまいます。



そんなの何の解決策にもなりません。



私の映画に出てきた数々のメインキャラクターたちも、

今、このときの中で生きて笑って泣いて困って戦っているのです。

だからどうってわけじゃないけど、

私は主役でしかないのです。


脇役になった時点で、

私の人生は終わります。


主役のまま、生きていくしか無いのです。

良いのか悪いのかはわかんないけど、

そうなんです。


ヤラセでもいいや。

一生ヤラセやれるならそれでいいや。


私の人生を作れるのは私だけです。


しんご



わたしはわたす

今までずっと 自分のことだったけど、 これからは ちゃんと誰かにわたす。 ちゃんともらったものも、 もらってないものも。 わたしは誰かにわたす。

0コメント

  • 1000 / 1000