2020/07/27 ときは進んでる。すべて変わってく。

今日はコンペだった。

子どもたちは本当にみんな頑張ってた。

大人たちも世界でコロナが落ち着いている数少ない国の代表としてみたいに、楽しんでた。

クラスの子どもたちは本当に頑張ってた。

今仕事をしようとPCを開き、ふとデスクトップの写真に張り付いている

時が止まったあいつを見て、また思った。

今、きっと僕は精一杯やっていて、

そして楽しんでる。


そりゃミスも多いし、反省のほうが多いかもしれないけど、

それなりに充実した日々をおくってる。

でも、じゃあたとえばこの出会いで柔らかいけどだんだんと形になってきた凍りかけの氷は

たぶんあのままの日々を過ごしていたら見つけられないものだったし、

あのときのとてつもない後悔があってその上に立ってるのだから皮肉だなと思う。

ようやく人付き合いとか、

こういうときこうすればいいんだなとかが

わかってきた日々は、

あの傷だらけで今のも死にそうだったどうしようもない日々の上に成り立っていて、

だからすごく不思議な気分になる。

今の僕は、おそらく、

あの頃の僕よりもよっぽどいい。いや、よっぽどは嘘なんだけど。

少しはマシだ。

でもその少しはマシな自分をどうしてもあいつとあの人に見せられない日々を過ごしている。


凄く会いたいし、凄く抱きしめたいけど、今のわたしのはそれが無理なのである。

クズな自分がいて、

そのクズな自分が原因で離れ離れになってしまって、

それでようやく反省して、ようやく開き直って立ち直って、

それでもやっぱりあのときにこの「すこし解せた自分」を持っていきたいけど、持っていけなくて


時が止まってるのは

デスクトップのあいつだけであって

わたしも、世界も少しずつ変わってて

もっとちゃんとまっとうに生きようとしか思えてない。


それしかないし、

それでいいんだと思う。



しんご




わたしはわたす

今までずっと 自分のことだったけど、 これからは ちゃんと誰かにわたす。 ちゃんともらったものも、 もらってないものも。 わたしは誰かにわたす。

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