駐輪場の延滞金
僕の実家は、東京の府中にあります。
東京と言っても片田舎で、
畑や緑の方が多い場所です。
久しぶりに実家に帰っても、
畑の数は減ってません。
大都会新宿までは京王線で30分くらいで、
武蔵野台駅が最寄りの駅でした。
遊びに行くといえば、調布か府中の駅で、
そこには自転車でもよく行きました。
新宿とか渋谷とか遠いところに出る場合、
僕は自転車で武蔵野台駅まで行きました。
武蔵野台駅の駐輪場に自転車を置き、
そこから電車に乗ります。
もう何度も何度も、
なぜかよく覚えてませんが、
僕は駐輪場に自転車を何日か置きっぱなしにして、
あとで自転車を取りに行ったことが
よくありました。
なんでそうなったか本当に覚えてませんが、
歩いて帰ったのか、誰かの車でおくってもらったのか、
その時楽な道を選んでいたのは間違いないのです。
そこで延滞金を払うときの気まずい感じや、
なんかよくわかんない罪悪感を今でも覚えてます。
昔から僕は、
締め切りギリギリでしか動けない人でした。
今でもそれで仕事をぎりぎりこなして、
ぎりぎり生きております。
余裕を持った行動も不可能でした。
夏休みの宿題も(ほとんどやった記憶がないですが)
TSUTAYAのビデオも、
友達や彼女との待ち合わせも、
基本的に、時間ギリギリに行きます。
なんとまぁ、できないやつです。
今もこんなブログを書きながら、
仕事に追われているのですが…。
駐輪場のおっちゃんに
「すみません、
3日前に自転車を置きに来たものですが、
取りに来たのですが、見当たらないのです。」
と言って
「あ、はい、多分奥にあります。」
と探してもらったりしてました。
何度この会話をしたんだろうな、と思い返します。
今はどうかといえば、
楽な道を選んでるから締切ギリギリになるのかと言われれば、
もうぜんぜん違うのですが。
どうしても欲してしまう。
もっといいアイデアが
時間をかけたら出てくれるんじゃないだろうかとか。
まぁおわるっしょ
みたいな感じで仕事しないでテレビ見てたりするんです。
よくないです。
そうやって生活のいろいろを、
どんどん失っていったわけです。
あのときのおっちゃんの
優しい感じを忘れられなかったりします。
もしかして
かまってちゃんで、
そのほうがかまってもらえるから
締切ギリギリにしてんのかな
とちょっと思い、
だいぶ自分にひきました。
かまってちゃんはしょうがない。
でも人に迷惑をかけた時点でアートじゃなくなる。
これは数日前も書きましたが、
ほんとにそう思うので
ギリギリで生活するのを減らしていきます。
駐輪場のおっちゃんの笑顔を
違う感じでもらいにいきます。
そのほうが、たぶんいいものになる。
いいものつくれよばーか。
すぐ死んじゃうぞ。
しんご
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