怒りとか。憎しみとか。恨みとか。
自然界というか、
世界は「弱肉強食」ではなく、
「適者生存」らしいです。
今朝読んだものに書いてありました。
すごく納得しました。全くそのとおりだと思いました。
僕は弱いわけではなく、
人間は弱い。
全員弱い。だから強弱じゃない。
でも適していないものはやがて滅びる。
適していないものはやがて殺されるんです。
今、仕事の関係で
怒りが僕の心の中を蝕んでおります。
なんだろうこの感情は、と考えてみたところ
たぶん理不尽なことを言われたからではなく、
不条理な世界にやられたわけではなく、
言われたことがあたっていて、
何も言い返せなかったからなんだと思います。
僕の人生はいつも怒りが隠れては出て来ての繰り返しでした。
何度もここで書いていますが、
離婚もそうでした、全ては僕の怒りからくる醜い感情から
問題をおこしてきました。
会社に勤めているときも、
家族といるときも、
彼女といるときも、
僕の目の前に突然あらわれるその「怒り」は
僕の生活を壊し続けてました。
もちろん暴力を振るうということではなく、
とてつもなく赤い感情が僕の中を蝕み、
冷静な考えやら、建設的な提案などが死んでいきます。
そして辛辣な言葉をいい、
何度もコミュニケーションをおかしくしました。
離婚をしてからは、
それをちゃんと目の前で防ごうと
努力しているつもりです。
いや、離婚直後はむしろ怒りに溢れていたので、
今となってはって感じでしょうか。
今も、自分の中の赤い感情を
無理くり青い感情で薄めて、
紫色になっている状態です。
僕はこの怒りとか憎しみだとか恨みだとかと
一生付き合い続けるんだと思います。
すごくやる気がある人で、
でも怒らない人っていうのは、
はたしてどうやって生きているのか、ちょっと気になります。
それは僕の中の怒りとやる気は、
どうしても同じ部屋に居たがるからです。
何度も少年ジャンプでや少年サンデーで教わった、
「怒り」をパワーに変える
が間違っていたのかどうかはわかりません。
いや、
間違っていてもいいです。
僕はその方法しか知りません。
父親への怒りで生きた高校生活やら、
社会やら金持ちを敵に見立てて
やり過ごした20代の頃やらがあり、
それは正しくなかったかもしれないけど、
間違いじゃなかったんじゃないかと思っております。
今もその紫色の感情を、
どうにか愛情の緑色に変えて行ければと
色をいろいろ試してみます。
僕はやっぱり死にたくないので、
社会性を持たないといけないのです。
適する生き方に自分の色を付けるしかないのです。
0コメント